ドイツ国内にベンツ社とダイムラー・エンジン社という二つの自動車メーカーが産声をあげる。
だが草創期における会社の経営はけっして楽なものではなかった。
そのうち両社とも行き詰まり、にっちもさっちもいかなくなって合併することになる。
こうしてダイムラー・ペンツ社という会社になったのが一九二六年(昭和元年)のことである。
そして九八年、同社が米クライスラー社と衝撃的な大合併を成し遂げた際、会社名がダイムラー・クライスラー社となり、伝統のベンツという創業者の名前が社名から消えた。
もう一人の創業者であるダイムラーのほうは残ったわけであるから、ベンツー族にとってはさぞ屈辱だろうと考えるのが普通だろう。
ところが必ずしもそうはならない。
だいいち、世界じゅうに知れ渡ったベンツという一流ブランドを、そうやすやすと放棄するわけなどあるはずもない。
従来とまったく同じに「メルセデス・ベンツ」という車名をそのまま踏襲している。
メルセデスは永遠、ベンツは不滅という会社のポリシーはきちんと守りぬいた。
ここで「メルセデス」というのはなんのことだろうと思う人もいようから簡単に説明しておこう。
実はメルセデスも人名である。
ただしそれは当時まだ十一歳であったという可憐な女の子の名前である。
話は一八九九年に遡る。
その年にフランスのニースで自動車のスピードレースが開催された。
現代ではさまざまなモータースポーツが行われているが、まさにそれらの原点であその時のレースにゴッドリーブーダイムラーも自社のクルマを参加させた。
もう百年以上も昔のことだから、クルマに機動力や戦闘力を要求しても無理であったろう。
しかし、レースに参加するにはそれなりに資金も必要であった。
その折りにダイムラーに後ろ盾となるスポンサーが現れた。
オーストリア人のエミールーイェリネックという人物である。
彼はハンガリー領事官を務めたこともあるエリートで、当時はビジネスマンとしても成功していた。
そのイェリネックがレースに参加したダイムラー車に付けた愛称が、自分の愛しい娘メルセデスの名前だったというわけだ。
出場したメルセデス号は六馬力、時速が四二キロであったという記録があるが、入賞したのかどうか成績の順位を私は知らない。
こう見てくると、ダイムラーという名は社名で残し、メルセデスとベンツをうまく組み合わせ、商品名の中で脈々とつなぎながら育てている。
創業者である両家、そしてスポンサーの娘の名前をそっくり巧みに生かしているところが、DATという三人の名を消滅させたダットサンとは大きく違う点である。
ドイツ人の多くはメルセデスーペンツを誇りとしており、ことクルマに関しては高いプライドを持っている。
それだけにダイムラー・ベンツがダイムラー・クライスラーに生まれ変わった現在、どうしてもクライスラー・ブランドとはしっくり融合しない。
それは単に独・米という国柄の違いだけではないように思う。
そもそもメルセデス・ベンツとクライスラーという、ふたつのブランドを同じテーブルにのせて論じることに初めから無理があるわけだ。
いっぽうは世界に名だたる最古の高級車メーカーであるのに対し、もう片方はジープを主力とするメーカーだという連想が先にわいてくる。
ルイ・ヴィトンがはびこる国柄わが国では偽物ルイーヴィトンの類がかなりの量で出回っている。
これを私は「ルイ・ヴィトン現象」というふうに呼んでいるのだが、コロッと欺される消費者がいるかぎり、いくら摘発をくり返しても悪徳業者は根絶しそうにはない。
もともと日本人には異常なほど高級ブランド志向の強い人が多い。
とくに海外ブランドを崇拝する傾向にある。
そのことをちゃんと見抜いていて、パリやローマのブランド品メーカーは、日本市場だけをターゲットにした独自のブランドーマネジメントを行なっているくらいだ。
日本人は金持ちが多いが、財布の中をはたいてでもブランド品に群がる人が多いと、世界でも折り紙付きなのだ。
そういう消費者の心理や動向を目の当たりにしながら、日本企業のブランドーマネジメントがどうであったのかというと、先にも述べたように怠慢であり、鈍感であったと言わざるを得ない。
日本企業の多くがなぜブランドの価値をないがしろにし、放任してきたのかを考えると、その背景には右肩上がり経済が長く続いたこと、質より量を追いかける株主無視の経営形態という、二つの大きな要因にぶつかる。
理由はほかにも考えられるが、いずれにしてもリピーターとなる顧客のことは二の次にしておいても、会社の図体だけはなんとか維持することができた。
もう二十年くらい前から顧客第▽王義を唱え、CS運動推進研修会などと、いかにもユーザー囲い込みの手法と考え方が重要であるかのように、多くの企業がそれに取り組んだのを知っている。
しかしそれらはいずれも社員たちの行動規範を口先だけで説いたに過ぎず、少なくともCS運動を自社のブランドカ向上にどう結びつけるかという発想は微塵も見られなかった。
そもそもブランドカはその価値がわかりにくい。
本当はばかり知れないほど莫大な資産なのだが、なにしろ会社の財産として帳簿には載らない。
目に見えない簿外資産である。
サラリーマン社長なら、だいじなのは目の前の業績数字であり、目立たない簿外価値のことにまで頭が回らなかったのである。
ブランドの価値をわかりやすく言うと次のようになろう。
「消費者の購買心理の深層に宿っている願望をくすぐりながら、やがてはその商品を手に入れたくてたまらない欲望へとかり立てていく魔力!」そうなるためには消費者が、その商品の広義のサービスや品質の点で、他の商品に比べてリターンが大きいと認めてくれるだけの価値を備えていなければならない。
ホンモノの一流ブランドは消費者に満足と優越意識をもたらし、他と差別できる個性を備えている。
ホンモノはニセモノがどんなに精巧に真似ても、肝心かなめのところですぐにボロがでるよう、いかなる悪知恵をも寄せつけないモノでなくてはいけない。
ブランドカが生み出すプレミアム一般論だが、最近とくに製造業において気にかかることが多い。
現在はあらゆる業種がボーダーレス化の波にもまれ、大競争の中におかれている。
その現れとして、とくに自動車産業界では九八年以降、堰を切ったように一気呵成に国際的な大再編が進められた。
すべて企業の生命力強化が目的である。
それはそれで間違いではないだろう。
ただ、そのあおりとしてコスト削減、わけても資材調達コストを切り詰める親企業の要求は、情け容赦なく下請けにシワ寄せを与える。
さらに量と値段で勝負という風潮は、多くの業界で今も根強く蔓延している。
たとえば自動車業界はどうだろう。
皆がみんな没個性で退屈なクルマばかり造っていたら、いくら低価格であろうとユーザーは見向きもしなくなる。
もちろん無駄なコストは切り捨てていかねばならない。
しかし、安かろう悪かろうではユーザーの掘り起こしも、囲い込みもできないのは明白である。
反対に高品質で高性能、際立った差別化モデル、それを造るメーカーの思い入れや情熱が伝わってくるようなブランドなら、熱烈なリピーター・ファンのハートを掴んで離さないだろう。
結果は競合する他銘柄に比べて価格が高くても計画数量が売れ、それによって享受できるプレミアムは量産型メーカーをしのぐものがあるだろう。
株主を大切なロイヤルーカスタマーだと考えるなら、コスト低減も避けて通れない問題ではあろう。
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説明的文章のレンタカーはどうあるべきか、この大きなレンタカーのテーマのもとに研究を進めています。
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